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2021年9月11日、実家が火事になりました。愛する猫たちが犠牲になりました。彼らが生きた証でもあるこのブログ、一時は閉じようとも思いましたが、続けることに致しました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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このブログの登場猫その1 セプテンバークインテット
2030年01月01日 (火) | 編集 |
このブログにはたくさんの猫が登場します。
気が付けば、自分だけが分かっている状態でしたので、
改めて登場猫たちの紹介をさせていただきます。

2.登場猫(セプテンバークインテット)
現在ねこまたトマシーナの眷属は5ニャン。
すべて9月に私との縁が生じたので、
セプテンバークインテットと呼ばれています。

①茶々丸・・・・令和3年9月11日、火事の犠牲になりました。
 2010年9月8日に実家の最寄り駅で出会い、
 彼に同居人としてスカウトされた。
 茶トラ中毛の男の子。
 風貌は癒やし系だが、結構頑固で面倒くさいところ有。
 特にフードの器の位置に関するこだわりは謎。
 推定お誕生日は2010年7月7日。
 現在トマシーナの実家の四代目ボス。
 乳母ニャンだったトマが理想の女性らしい。
 愛称は茶々くん。

我が家に来た日の茶々丸。痩せ細っていました
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理想の女性 トマ姉さまとのツーショット
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絵になる男 茶々丸は現在人気ナンバー1です
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②田実(たみ)・・・・令和2年12月25日、突然死致しました。
 2010年9月26日に瀬戸の招き猫まつりで出会う。
 (まつりを狙って遺棄されて保護された)
 何故かトマシーナが預かることになり、
 そのまま実家の子となる。
 アビ風の女の子。
 トマシーナの愛猫であったチョロに風貌が似ている。
 一見コワイ顔だが、実は一番の甘えん坊で、
 実家で唯一の膝乗り猫さん。
 推定お誕生日は2010年5月5日。
 実家の夏夏コンビが幼い時は、
 一応田実ちゃまが乳母ニャンをしてくれた。
 愛称は田実ちゃま。

我が家にやって来た当初、
田実ちゃまは風邪のため隔離されていました。
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実はかなりの美少女でした
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身体能力は田実が一番優れています。
猫族の美しさを感じさせてくれる子です。
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③陽夏(ひな)・・・・令和3年9月11日、火事の犠牲になりました。
 2015年9月7日、実家近くで出会う。
 車道の脇の植え込みで鳴いていた。
 警察に拾得物として届け出たので、
 正式に我が家の子となったのは3ヶ月後である。
 縞三毛の女の子。
 小柄で太めなので愛らしい風貌なのだが・・・・
 性格はスケバンそのもの。
 同日に来たなちゅはこの子に頭が上がらない。
 推定お誕生日は2015年7月27日。
 何故か兄ヒロシが大好き。
 愛称はひぃちゃん。

保護された当初は、常に夏目くんと一緒でした。
ふたりが仲良く寄り添う様子は、それはそれは可愛らしかったです
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少し大きくなった頃、既にスケバンの片鱗が・・・・
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小柄な三毛猫、ちょっと(?)太めの体型で世間を欺いているスケバン
この体型を維持して欲しかったのに、どんどん体重が増え、獣医師からも注意が^^;
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スケバンぶりを発揮していますが、ボスの茶々には逆らいません。
その辺はよぉーく心得ている賢い子です。
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④夏目・・・・令和3年9月11日、火事の犠牲になりました。
 2015年9月7日、我が家にもらわれてきた。
 トマシーナが唯一譲渡を受けた子である。
 この子だけ親きょうだいが分かっており、
 かなり正確なお誕生日も分かっている。
 総キジトラの男の子でかなりの大柄。
 だが性格は極めて優しく、かなりの小心者。
 自分が立てた物音にもビビるチキンぶり。
 たまたま同じ日に保護されたひぃちゃんに
 頭が上がらない・・・・。
 その理由は、幼い時に淋しくなると、
 ひぃちゃんのおっぱいを吸っていたから。
 推定お誕生日は2015年7月13日。
 タッチの差(僅か10数分)でひぃちゃんが先住猫。
 なので実家での地位は一番下の不憫な子。
 不憫なのでトマシーナに溺愛されている。
 愛称はなちゅくん。

我が家に来た頃のなちゅ
我が家に来る直前まで、お母ニャンの母乳を吸っていたそう。
とても甘えん坊でした。
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新しい環境に怯えて隠れようとばかりした夏目くんでしたが、
偶然同日に我が家にやってきた陽夏ちゃんのおかげで落ち着きました。
そのためにその後まったくひぃちゃんに頭が上がらなくなりましたが・・・・^^;
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なちゅはデカ猫遺伝子を有していたのか、
我が家にやって来た歴代の猫の誰よりも大きく育ちました。
でも、心優しい可愛い男の子です。
実家の両親にそういう部分を賞美されています。
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⑤葉月・・・・現在同居中
 2018年9月3日、台風の前日にトマシーナと出会う。
 当初は里親募集しようと思っていたが、
 シゲさんのウチの子にする宣言で家族となる。
 むぎわらという珍しい毛色の女の子。
 月齢1ヶ月から10時間以上のお留守番をしてくれている。
 淋しがりの甘えん坊。
 噛み癖がなかなか抜けずトマシーナを悩ませている。
 推定お誕生日は2018年8月1日。
 この子が家族になり、猫のいない生活は11ヶ月で終了する。
 愛称ははーちゃん。

保護したばかりの頃。
保護時推定月齢1ヶ月・・・・まだ離乳したばかりの赤ちゃんでした。
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月齢1ヶ月からこのソフトケージ内で10時間以上お留守番をしてくれました。
不憫で仕方がなくて、何度も会社を辞めたいと思いました
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イサナに抱っこされているはーちゃん。
イサナの大きな手と小さいはーちゃん
微笑ましい写真です。
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シゲさんに抱っこされているはーちゃん。
シゲさんに溺愛されています
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以上がセプテンバークインテットです。
登場猫は他にもおりますので、次に続きます(笑)
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このブログの登場人物
2030年01月01日 (火) | 編集 |
今更ながらこのブログの登場人物及び
登場猫についてご説明させていただきます。
まずは登場人物についてご説明します。

1.登場人物
①トマシーナ
 このブログの管理者。
 猫の同居人歴は30年以上。
 2017年に48歳にして結婚。
 愛知県民から岐阜県民になる。
 生まれは宮城県の仙台市。
 妖怪関係者(?)からはねこまたさんと呼ばれている。
 自称東海一のねこまた。
②シゲさん
 トマシーナの夫。
 実は猫の同居人歴あり。
 現在愛猫 葉月のお世話は、
 ほぼシゲさんがしている。
 トマシーナとはランが縁で知り合った。
 生まれは岐阜県。
③イサナ
 トマシーナの父。 令和2年11月14日、誤嚥性肺炎にて逝去致しました。
 脳梗塞の後遺症で右半身が付随になり、
 現在自宅で介護されている。
 猫さん大好き。
 実家の猫も我が家の猫も全てイサナが命名。
④リョウちゃん
 トマシーナの母。 令和5年2月27日、心不全にて逝去致しました。
 現在88歳になるが、バリバリの現役主婦。
 トマシーナを36歳の時に生んでくれた人。
⑤ヒロシ
 トマシーナの長兄。
 夫シゲさんとは同学年。
 しかし、未だに花(?)の独身。
 猫のお世話は殆どしないくせに、
 何故か猫たちに慕われる人。
 実家猫 陽夏(ひな)ちゃんは兄にゾッコン。
⑥まこちゃん
 トマシーナの次兄。
 11歳と10ヶ月でこの世を去る。
 重症筋無力症という難病で、
 生前は車椅子生活だった。

以上が主な登場人物です(^o^)

成功例…かな?
2023年03月24日 (金) | 編集 |
3月21日(火)、久しぶりにTちゃんとお茶しました

うーん、Tちゃんと会うのはいつぶりだったのかな
大分前だったことは確かだけど、5年ということはない気がする…。
いや…もしかしてそのくらいだったりする
生活環境が変わり、その間実家でもいろいろあった私は、
ここ数年、あまり友人に会う機会に恵まれなかった。
コロナ禍で余計にそうなってしまったし、疎遠になった方も多い。
友人に会ったり、いろいろな集まりに顔を出す気になったのは、
今年になってからだから、本当に最近のことなんだな…。
いろいろ有り過ぎると、人と交わるのが億劫になるって、
よぉ~く分かりました。それだけパワーが減退してたんだなって。

で、そのTちゃんがですね。
私たち夫婦のことを成功例だと云ってくださったんですよ。
結構な年齢になってから結婚して、なんか仲良くやっているってことかな
若い頃と違って、ある程度の年齢になってからの結婚は、
確かに難しい部分もあるけど、私はそれをあまり感じなくて済みました。
お互いに結婚を理想化していなかったことが幸いしたんだと思います。
こうでなきゃとか、こうあるべきというのが、まるで無かったかな…。
家事能力の低い私でも許してくれる夫だから、私も無理せずに済みました。
いかに夫が寛大であるかを、以下に記します。

①夫より早く起きることは、ほぼ(まず)無い
②ゴミ捨ては、結婚してから10回したかどうか
③平日のお買い物は、ほぼ夫がしてくれている
④夫に朝食を作った回数は…多分両手の指の数くらい
⑤夕食はスーパーの総菜が並ぶことも多い(しかも買ってきてくれるのは夫)

なんか書き出すと、私が怠け者の悪妻って感じだねぇ~
何故こうなったかというと、お互いにフルタイムで働いていたから。
そして、勤務時間帯がお互いにズレていたから です。
でも、同じ条件だとしても、早く起きて朝食の準備を求める夫もいるでしょうね。
ゴミ捨てなんかとんでもない
スーパーの総菜なんて真っ平だ
毎食ちゃんと作るのが当然だって人だったら、多分楽しく暮らしていなかったと思う。
大切なのはお互いが無理をしないこと…私はそう思っています。
いろいろあっても私が笑っていられたのは、家庭が円満だったから。
夫には本当に感謝しています。

その夫の体調が悪いので、ちょっと心配です。
今朝もあまり調子が良くなかったから、可能なら仕事を休んでねって伝えました。
結局、仕事量を減らしてもらったようです。
夫の職場は月給制じゃないから、休んだらその分給与が減りますが、
給与なんかどうでもいいので、体調が悪いなら休んで欲しいと思っています。
休んでいいよと云ってあげられるのが、
私の配偶者としての自負です。
お互いに依存しているのではなく、共同生活者で同志だもんね。



お揃いのミニベロを買って、ふたりでポタリングしたいなぁ~。
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成功例とは思わないけれど、ふたりで楽しくやってます。
こうじゃなきゃではなく、こうしたらお互い快適で楽しい
それが大切なんだと思っております。理想の妻にはなれないけれど、
一緒にいてリラックス出来る妻ではありたいです。
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ヘモグロビンを増やさなきゃ!
2023年03月23日 (木) | 編集 |
シゲさんの体調は、ずっと良くなかった‥。

思えば【びわ100】を早々にリタイヤした時点で、
実はかなりおかしかったのかもしれない。
元々サブ3.5に届こうかというランナーだったのに、
最近はフルマラソンを完走することすら出来なくなっていた。
ただ単に走り込み不足と思っていたのだけれど、
まるで見当違いだった‥
ヘモグロビン量が低下しているなんて、思ってもみなかった
夫の体調不良に気付かないダメ妻でごめんなさい
取り敢えず、ヘモグロビンを増やす食事をって思っています。
でもねぇ‥ヘモグロビンを増やすのに有効な食材、
我が家は割りと取っているんですよね‥。
強いて云えば、普段あまり牛肉はいただいていないけれど、
大豆製品はなんかは、本人が好んで食べている。
豆腐と納豆を切らしていることは、殆どないんだけど。
やっぱり朝食と昼食を、ほぼ取っていないのが良くないのかな‥。
でも、シゲさんの仕事だとそうなってしまうんだよね。
どこかの部位からの出血も考えられるので、
ゴールデン・ウィーク前に検査を予定しています。
原因がハッキリしてくれたらいいけれど‥。
我が家の食卓に足りないモノ、新鮮な果物かなぁ~。
果物はやっぱり専門店かなぁ~。
今日は青果店へ寄ってみようかなって思っている。
実は会社の近くに、いつも行列しているお店がある。
行列が嫌だし、帰宅に要する時間が地味に長いので、
いつも眺めているだけなんですよね。
地下鉄一本で帰宅できるなら、躊躇わずに購入するんだけど。

今の旬の食べ物は、イチゴ🍓とキウイフルーツ🥝ですね。
写真はお気に入りのフェルト製イチゴ🍓で遊ぶなちゅ。
良さそうなイチゴがあったら、買って帰ろうかな‥。
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今日はいろいろな意味で区切りの日となりました。
まず‥本日は私トマシーナの54歳の誕生日でございます
このブログを始めた頃、私はまだギリギリ30代でした。
イサナも要介護ではなかったし、実家には猫たちがいました。
独身だった私は、48歳で岐阜に嫁ぎ今に至ります。
そして昨年は、長年考えていた自宅の購入に踏み切りました。
感慨深いものがあります。

そして、実家の災厄で更新が止まっていたこのブログですが、
昨年10月に再開し、本日再開してから丁度100記事目です。
読んでくださっている皆様に、厚く御礼申し上げます。
これからもこんな感じで書き綴っていけたらと思っております。

週末はお花見に行ってこようと思います。
去年は亡き友Hさんとお花見したんだったな‥。
あのお花見から、そろそろ一年が経とうとしています。
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罪悪感
2023年03月22日 (水) | 編集 |
母が亡くなりいろいろなことを感じたり、
思ったり、考えたりしました。


最晩年の母について、私は身近にはおりませんでしたので、
兄や周囲の話からその様子を知りました。
まず、母は(私も分かってはいましたが)心を病んでいました。
そして、憎しみをぶつける対象は、どうやら私だったようです。
悲しいことですが‥そうでした。
私のある言動が気に入らなかった母は、それを理由にして、
かなり理不尽な憎しみをぶつけてきました。
本人は理不尽とは思っていなかったと思いますが、
私はかなり傷付きました。
私は実家に依存されることに疲れ、いい加減にして欲しい‥と、
云っただけなのですが、それが母には裏切り行為に思えたのかな‥。
私はこれを云うと、母は臍を曲げるだろうからと、
あまり積極的ではなかったのですが‥結局母の中でこじれにこじれ、
晩年私たち母娘はほとんど会うことも、話すことも無くなりました。
最後に母に会ったのは、昨年の11月13日です。
父の三回忌が14日ですのでお線香をあげに行ったのですが、
それが最後になりました。
その時も散々嫌味を云われ、要求だけ突きつけられました。
その後、母と話し合う機会を設けるようにアドバイスされましたが、
私自身もいろいろあって疲れていましたので、先延ばしにしていました。
ウィメンズマラソンを走り終えたら‥と考えていましたが、
結果的には遅すぎました。
私自身の心の整理も必要と思ったから、だから会わずにいました。
今ではそれをとても後悔しています。
心の中に芽生えた罪悪感は、しばらく私を苦しめるだろうと思います。
親子だから分かり合えるというのは、実は幻想に過ぎません。
むしろ親子だから分かり合うのが難しい‥という方が現実でしょうね。

実家の庭に咲いていた木香薔薇。
この子もどうなっているのだろうか
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三七日でした
2023年03月20日 (月) | 編集 |
昨日3月19日は母の三七日でした。

3月12日以降にブログを本格再開しようと思いつつ、
やっぱりいろいろ疲れていたようで、
なかなか文章を書く気になれませんでした。
それでも、某SNSには発信を続けておりました。
3月12日のウィメンズマラソンは、
苦しみましたが、何とか完走を果たしました。
先日のウィメンズまで、常に亡きモノたちのために走ってきました。
それがようやく一段落して安心したのか‥
ゴールした瞬間、目から泪が溢れ出てきました。
長く走ってきましたが、ゴールして泣いたのは初めてです。
走っている途中で泣いた会津若松ハーフ、
そして41キロ地点で泣いた昨年のウィメンズとは、
ちょっと違った泪だったように思います。
会津若松の際は、白虎隊の想いに感応しての泪でしたし、
昨年のウィメンズは2週連続のフルを何とか走り切れて、
緊張が切れてしまっての泪でした。
今回は自分の心の奥底に秘めていたモノが溢れ出た感じでした。
私はこの泪を流すために、ひたすら祈るような気持ちで
走ってきたのかもしれない‥そう思いました。

自分はどうも非常に不器用なようです。
ただ泣くためだけに、こんなにも長い歳月を掛け、
フルマラソンを何本も走ってしまいました。
馬鹿だなぁ~とつくづく思いながら、でもそれが人間だよなって‥
私を含めて、人って1+1=2の世界では生きていない気がします。
マイナスになる人もいれば、すごぉーくプラスになる人もいると思います。
でも、プラスもマイナスも一過性のものに過ぎないとも思います。

晩年の母について、母の友人であったOさんと、
医療ケアに入っていたスタッフさんから話を聞きました。
母の心臓は晩年かなり重篤になっていました。
心臓はかなり肥大しており、予断を許さない状況でした。
かかりつけ医が専門医の診察を早急に受けて欲しい、
後悔しないようにして欲しい、と強く薦めてくださったにも関わらず、
母は最期まで受診することをしませんでした。
母の態度は、言葉を選ばずに云えば、
緩やかな自殺行為に等しいものでした。
兄も私もそういう母を救えなかったという、後悔の気持ちがあります。
喪失の痛みが辛すぎて、母は積極的に生きる気持ちを
失っていたのかとも思いましたが、一方ではまるで違う気持ちを
抱いていたようです。

兄をひとりにしたら可哀想、
だから施設にも入らないし、頑張って生きなきゃ‥
そういう強い母心があったようです。
それは強く感じたと、医療スタッフさんは云われていました。
その思いがあるなら、何故専門医を受診しなかったのか‥
矛盾しているようにも思えますが、そういう気持ちを抱きつつも、
母は現実と向き合う勇気がなかったのかもしれません。
受診しなければ、現実と向き合わずに済みますから。
頑なではありましたが、延命治療は受けないというような
積極的な意思ではなかったのが、母らしいとも思えます。
母は何事においても、受動的姿勢の人でした。
それが正しいというのが、母の価値観だったんだろうと思います。
でも、私はもっと自分が何をしたいのかを、大切にして欲しかった。
世間から非難されることを恐れて生きてきた母は、
私にも同じようにするように望んでいた気がします。
私は母の望むように生きなかったから、
関係は決して良くはありませんでした。
最終的に母が私に望んだことは、よく分かりません。
母にとって、私は理解出来ない娘だったのかもしれませんね。
正直、兄たちに比べて、私は母に愛されなかったと思っています。
子どもの頃から、兄たちと比べられて嫌な思いばかりしました。
何事においても、私は不出来でしたからね。
それを恥じる気持ちが今でも強いのは、おそらくそのためです。

実家の庭が荒れ果てた状態になっていることが、ずっと心に掛かっています。
まだ、生きている子たちがいるのなら、手入れをしてあげたいと思います。
写真は柿生(かきお)という品種のクレマチスです。
この子はまだ生きているだろうか
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私は結局、父母の臨終に立ち会うことが出来ませんでした。
そういう巡り合せだったのかもしれませんが、
そのことについて、私は思ったより深く傷付いている気がします。
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3月12日以降に本格再開します
2023年03月06日 (月) | 編集 |
昨日はリョウちゃんの初七日でした。

それなのに私は仕事が忙しく、なんと休日出勤しておりました
このブログですが、3月12日以降に本格再開の予定です。
12日は母の二七日ですが、ウィメンズマラソンの日でもあります。
変形性膝関節症の右膝で、とにかく頑張りたいです。

このところ、マラソンは常に鎮魂のために走ってきました。
2021年のウィメンズマラソンは、亡父イサナと亡き愛猫 田実のために。
2022年の東京マラソンは、亡き愛猫 茶々丸のために。
2022年のウィメンズマラソンは、亡き愛猫 陽夏のために。
2022年の北海道マラソンは、亡き愛猫 夏目のために。
2023年の大阪マラソンは、亡き親友 Hさんのために。
そして、今回のウィメンズマラソンは、亡母リョウちゃんと亡き親友 Hさんのために。

とにかく頑張ります。
心身ともに疲弊してはいますが、何とかゴールまで自分をデリバリーしたいです。
ウィメンズと云えば何となくピンクなんで、ピンクのお花を‥。
これは友人ゴンゾさんが、亡きトマのために送ってくださったものです。
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母が亡くなりました
2023年02月27日 (月) | 編集 |
突然のことですが、今朝母が亡くなりました。
しばらくブログの更新はできません。
落ち着きましたら、また更新致します。

2020年11月14日 父イサナ逝去
2020年12月25日 田実逝去
2021年 9月11日 茶々丸、夏目、陽夏逝去
2022年10月 9日 親友Hさん逝去
2023年 2月27日 母リョウちゃん逝去

見送り続ける日々が終わるのは、私がこの世を去る時ですね。
今はその日がむしろ待ち遠しいくらいです。
馬鹿なことですが…。